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ディベートをすれば、仕事も生活も豊かになる本当の仕組み

谷 洋二郎  2015年3月5日

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思考とアイデアがあれば、最高に生きやすくなる時代

時代が進むにつれて、日本人である私たちは様々なことに取り組めるようになっています。

昔であれば大金を払わなければ使用できない技術が、今となってはタダもしくは安価で利用できるようになっています。

道具が増えたことによって、出来ることは確かに多くなっています。
しかしながら、それを有効活用している人はかなり少ないように思います。

それはなぜなかというと、道具を使う思考アイデアを持ち合わせていないからです。

時代がスピーディーで道具は次々と出てきます。ただし、登場してくる道具のスピード感に思考アイデアが追いつかないんです。

なぜなら、どんな状態であっても、思考とアイデアを引き出し、意見としてアウトプットするという習慣が日本人にはあまりないからです。

そこで、ディベートの登場です。

ディベートとは、簡単に言えば、討論合戦です。

設定されたテーマの是非について、話し手が肯定側・否定側に分かれ、 決められた持ち時間・順番に則り、第三者を説得するゲームです。

このディベートこそ、思考とアイデアを鍛えるのに最高の道具なのです。そればかりか、ディベートをすることにより、思いつくということだけでなく、表現するということにも格段に強くなっていきます。

日本人が勘違いしてしまうディベートの本質

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ベネディクトは日本人の特性を「恥の文化」という言葉で比喩したことは有名ですね。

海外から見れば、日本人は島国的内向性があることは言うまでもありません。

ここでハフィントンポストに雪見氏が投稿した『「はい、論破。」はディベートではない』という記述を引用した思います。

ディベートに慣れた欧米の方々では、さっきまで意見を対立させ激論を交わしていた二人が、その後普通に仲良くランチに行ったり、趣味の話で普通に盛り上がったりするのが日常なんだそうです。

これも、欧米の方々はディベートはディベートで、人格そのものの対立ではないことをよく理解されているからでしょう。

まず、上記のことを理解し、実践するからおすすめします。

日本人の一般的な感覚からすれば、意見が対立すれば、自分のアイデンティティを否定されたような気分になりやすいでしょう。

強く指摘したことが怒りだと感じやすい傾向にあるでしょう。相手にも自己があって、こちらにも自己あって、それが衝突するのは当たり前。お互いを尊重するためにも、意見をぶつかり合わせる。

日本でこのフェーズは、口喧嘩と定義されるかもしれません。協調性を重んじる日本では、どちらかが折れたり、本音を殺すことによって、コミュニティを保つ方が慣習的ですね。また『「はい、論破。」はディベートではない』の別の引用も参考にしてみましょう。

だからもし日本人がディベートをすると殺伐としてしまうのだとすれば、ただそれは多分日本人がディベートをよく理解しておらず、またそのスキルがまだ成熟していないだけではないでしょうか

これはすごく的を得ている意見だと感じます。

日本人の中でも、家庭環境や教育環境によっては、意見を発信することに慣れ、意見を喰らうことにも慣れ、議論の場とパーソナリティやプライベートを切り離すことを難なくやってのける人もいるでしょう。

だから、日本人がディベートをするときはディベート内外の個人像について明言すると良いでしょう。

「ここでどんなことが起きても、ここを去りさえすれば、それが本当の本人です。だから、ディベートとでコイツ嫌だなと思っても、それは本当の本人ではありません。むしろ、あなたは、ここを去ってから、その人の良さに気付くでしょう」

実は、ディベートでの人格はディベートだけのものという意識は、思考とアイデアを掘り下げるコツでもあります。

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そもそもディベートは、自分の心で想ったことを意見できるとは限らない

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ディベートでは、ある議題に沿って、肯定側・否定側のどちらで発表するかは、ランダムに決められることがほとんどです。

議題が発表されて、「この議題には真っ向から反対です!」と心で思っていても、反対側に指名されます。

いわば、ここがディベートの醍醐味です。
世論が圧倒的に賛成だと思うような議題に対しても、反対側に指名されてしまえば、審査員が反対だと思いたくなるように議論を組み立てる必要があります。

ただし、不利なディベートこそ、思考とアイデアの鍛錬になります。

そして、ディベートは虚像だと思って下さい。
ディベートで何を言っても、それはディベート内のフィクションなのです。

こう考えると、何でも好きなことを考えられるような気がしませんか?

ディベートは世の中の要素を探し、再編集する作業

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ディベートにおいて自分の想いがまったく無視されるということは、もう世の中のありとあらゆる要素を思い浮かべ、それを繋げていくことで議論を紡いでいくことになります。

実際にどのように紡ぐかと言うと、言葉で紡ぐわけですね。
思考する際も、形にして口から発する際も言葉で実現させるわけです。

そうなると…

・言葉を引き出す力
・言葉を繋げる力
・言葉に変えていく力
・言葉を理解する力
・言葉を交わす力

が同時進行で即座に必要になっていくわけです。

リアルタイムでインプットとアウトプットが応酬していきます。

こうしたディベートの本質こそ、変化していく状況スピード感に対して、思考とアイデアがしっかり追従する能力を育ててくれるのです。

言いたいことも言えないそんな世の中じゃポイズンという名フレーズがありますが、ディベートはまさしく、世の中の毒抜きの道具になるかもしれません。

(END) Thanks for reading!

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